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正月に車で帰省することにした。
行程は多摩市から岡山市までの約700キロメートルである。車で帰省することにしたのは、コストがかさむのは承知の上で、家の前から出発できるから楽だし、帰省先での足にもなるメリットをとったのである。
私は熟慮の上、1月2日に帰省することに決めた。大晦日まではどうしても渋滞するであろうと思われたし、3日以降になると渋滞を避けるために早々ととんぼ帰りをはじめる人達がでてくるだろうと思われたからだ。1日を避けたのは、今年の正月休みは比較的長いので、1日に帰省する人もいるのではないかと考えたからである。一日の朝出て、その日の内に着く事ができれば、元日をふるさとで迎えたことになるわけで、それなりのメリットがあるだろう。その点、2日というのは盲点であるように私には思えた。元日を帰省先で迎えることができないわけだし、さすがに2日にとんぼ帰りする人はいそうになかった。私の予想ではもっとも渋滞に遭わない日であるように思えたのである。
東名高速に乗ると、妙に車が多いのが気になった。しかし車は流れている。まだ首都圏だから、車が多いのは仕方あるまいと気にしないようにしていた。
大井松田を通過した。車は相変わらず多めだったが、交通の流れはまずまずというところだった。
沼津インターが近付くと路側帯に車が並んでいた。沼津インターで降りる車の行列らしく、沼津インターまで5キロくらい続いていた。これは幸い私には影響がなかったが、予想外のことであった。東京方面から沼津に来る人が多いということは、正月は自宅で迎えて、2日に実家に帰るというパターンが多いと言う事であろうか。これは私が考慮していなかったことだ。悪い予感がした。
さて、ふと道路上の掲示版をみると25キロの渋滞と表示されている。私に関係のない渋滞であることを祈りたかったが、名神高速上のどうやらこれから通らなくてはならない場所らしかった。綿密に計画して渋滞を避けたつもりだっただけに、何とも信じられない思いだった。
依然として車の流れは順調であったため、渋滞の表示は何かの間違いではないかと半信半疑の気持でいたが、京都東を過ぎたあたりから次第に車の流れがゆっくりになり、そしてとうとう止まってしまった。その後はのろのろ動いたり止まったりを繰り返すようになった。それでも一時間もすれば流れるようになるだろうと漠然とした期待を抱いていた。
京都南のインターを越えると道が大きくカーブした後、まっすぐな緩い登り坂になる。その大きなカーブを曲がって、目の前に広がった長大な車の列を見たとき、私は絶望にも似た徒労感を覚えた。道はまっすぐに、はるか彼方の丘の中に消えていて、丘の向こうにはちょうど夕日が沈んでいるところだった。無数の車の列は、その夕日に向けて累々と繋がっていた。まるで鎖に繋がれた奴隷達が、ピラミッドに向かって列をなして歩いている光景を見ているようであった。
特に女性には酷である。渋滞を抜けてパーキングに滑り込んでも、今度はトイレ渋滞が待っているからだ。スキーツアーなどでは、空いている男性トイレに女性が飛び込んで来ることも珍しくないが、これは当然のことだ。このような非常時には空いている男性用トイレを使うように張り紙くらいして、この行為の正当性をサポートすべきだ。
私はと言えば、人の心配などしてる場合ではなかった。朝から水分補給の名目で、パーキングに入る度にジュースやら珈琲やらを飲んでいたのが裏目にでた。渋滞は分かっていたのだから、早めにパーキングに入ればよかったのだが、渋滞になるのが予想より早く、しかもパーキングを通り過ぎた後だった。明らかに油断していたが、もう手遅れだ。私は我慢の限界に達していて、路肩に車をとめて決行するしかないと覚悟をかためつつあった。そんなことをして恥ずかしくないのかという人もいるかも知れないが、こればかりは神さまが決めた事なので仕方がない。
しかし、そんなに甘くはないということがすぐに分かった。桜井パーキングに着いてみると、パーキングの入口にまたまた車が並んでいた。パーキングに車が殺到して入り切れなくなっていたのだ。止まった車からはバラバラと人がでて来て、一足先にトイレに向かっている。こちらは一人なので、車を放って行く訳にはいかない。私は粘り強く待った。
何とかパーキングに入れたと思ったら、こんどは駐車スペースがない。通路の余地と思える部分はすべて既に車がはまり込んでいる。あちこちうろうろしてやっと出口付近に空きスペースをみつけた。私はダッシュもできず、うろうろと歩いてやっとトイレにたどりついた。
原因は高速道路が、
渋滞が多いのは、車が多い割に道路の容量が少ないからだが、後で述べるように田舎の道路は車が少ない割に道路が多い。要は交通量に応じた道路建設が行われていないのである。特に首都高のあの驚くべき道の狭さはなんと説明したらいいのだろう。
出口が少ないのは、高速道路が有料だからだ。有料であるために出入口は料金所にせざるを得ず、コストがかかるのでたくさん作れないのである。米国のフリーウエイくらいあったらどんなに便利だろうか。
さらに料金所そのものが渋滞の原因になっている。東名高速と首都高の乗り継ぎ地点には、ほんの短い間に二つも料金所があり、その度に行列に並ばされていると「この馬鹿っ!」と叫びたくなるし、実際叫んだことが何度かある。
そもそも高速道路は金をとるのが当り前のように思われているが、はじめは建設費の回収がすんだら無料にする予定だったのである。東名高速道路などはとっくに償還が済んでいて、今ごろは無料で走れるはずなのだが、田中角栄が1972年に全国プール制なる巧妙なしくみを作って、償還の終った高速道路からの通行料で新たな高速道路を続々と作り続けることが出来るようにしてしまった。その結果、彼の選挙基盤である土建業界は、絶え間なく仕事を得ることが出来るのであるが、逆に我々は金を払わされ続けるのである。
途中下車しにくいのは、料金体系の問題である。道路公団は、高速道路への一回の出入りにターミナルチャージの名目で150円の料金をとっており、さらに、100キロ以上200キロ未満の部分について25パーセント、200キロ以上の部分について30パーセントの長距離割引をしている。一応割引とは言っているが、自由競争のない高速道路のことであるから、長距離が普通料金で、短距離には加算料金があると言い替えても意味は変わらない。要するに途中で降りると不利になり、少ないパーキングを使わざるを得ない状況にしているのだ。もし、高速道路を途中で降りてもまったく不利にならず、自由にいつでも降りられるとしたら、一体誰がサービスエリアのまずいレストランで食事をするだろうか。またパーキングに入るために行列など作るだろうか?途中で道路を降りられないから仕方なく利用するのである。ガソリンスタンドにしてもあんな割高なスタンドで行列を作る必要はあるまい。これらの事業は、ドライバーを不当に監禁し選択の自由を奪った上で成りたっているのである。
さらに言えば、この賭けには生命をおびやかす危険すらある。高速道路は、トンネルを少なくするために、どうしても山状の場所を避けて谷状の部分を縫うようにして建設されることが多いが、悪い事にわが国では谷状の地形が活断層と重なっていることが多い。その結果、長いところでは数十キロに渡って高速道路が活断層の真上を走っている。こんな場所で監禁されたまま地震が発生したらどうなるか、ちょっと考えてみれば分かる。特に阪神大震災の時のように高架が倒れるとまず助からない。むろん、どこにいても地震から完全に逃れることは出来ないが、もっとも危険な地帯で、しかも高架の上に監禁されるというのは恐ろしいことだ。
非常に充実していてとても結構なのだが、こんどは交通量の少ない地域にこんなにたくさん道路を作って、はたしてどれだけ意味があるのかという別の疑問が出て来る。特に横断道はトンネルを沢山掘らなくてはならないから、縦断道と比べて格段にコストがかかる。あり余る程のお金があるならともかく、道路公団は22兆円の累積債務を抱えて第二の国鉄になるのは時間の問題と言われているのだ。もう新たな建設はやめるか、同じお金を東名高速、名神高速、首都高といった慢性的な渋滞地域に回して欲しいと思うのは私だけだろうか。いつまでも払わされている東名高速道路の通行料も、有効に使われているならまだしも、こんな風に無駄使いされているのではむくわれようがない。どちらにしてもこれが全国プール制のなし遂げたことなのだ。
地方の無駄使いは高速道路に限らない。ほとんど車の走らない田舎の道路が続々と舗装され、ガードレールが取り付けられている。本四架橋計画にしても、海を渡るための橋が三本も必要だろうか?そう言えば、縦断高速道路も山陽、中国、山陰の三本だし、本四架橋も三本というわけで、妙に三という数字が多い。この訳を考えるに、一本だと利益が一箇所に集中する、二本だと真中の人が取り残されて怒り出す、両端と真中の三本にすればとりあえず文句が出にくくなるということではなかろうか。どちらにしても必要があって三本作っているとは思えない。
地方の政治家は相変わらず選挙のたびに、「私は今までこれだけの公共事業を取ってきました。今度当選したら、これだけの公共事業を約束します。」と公共事業の一覧表をバックにして訴えている。こういう生々しい光景はあまりテレビのニュースでは紹介されないが、都市圏の人達は知っているのだろうか。金はいつも都市から田舎に流れているのだ。
夜の8時にやっと実家に着いた。多摩を出てから12時間後であった。[97/2/1]
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