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私が車の免許を取ったのは高校時代で、自動車教習所に通いはじめた時はまだ17歳だった。自動車教習所は、そうでなくても悲惨だった私の青春時代に、また一つ悲惨な彩りをそえることになった。
ある日、左カーブを曲がり損なって左後輪を脱輪させてしまった。私は、ちょっとハンドルを早く切りすぎたと思い、すぐにもう一度トライしたかったのだが、教官は車を道の脇によせて止めるように指示した。車を止めると、彼はおもむろに、「みんなが働いてお金を稼ぐのはなんのためだと思うか?」と聞いた。車の脱輪と何の関係があるのかよく飲み込めなかったが、いやよく分からないと答えると彼は続けた。
「みんなが働いてお金を稼ぐのは、単に食っていくためだけではない。休みの日にはどこかに遊びにいったり、美味しいものを食べたり、のんびりと休んだりするためにみんな働くのである。人生でもっとも大切なのは余裕である。そうではないか?」
彼は以上のようなことをくどくど10分以上述べ、最後に脱輪のことに触れて、「もっと余裕を持って曲がるように。」と締めくくったのであった。そのうち一時限の終りのベルが鳴り、今日はこれまでとなった。もちろん判は押してもらえない。私はなぜもう一度やり直しさせてくれないのだろうと大いに不満だった。あの長い説教話の間に、少なくとも10回は練習できたはずなのである。
このように教習所では自由な試行錯誤だけは絶対に許されなかった。一度失敗すると無意味な教官の話を聞かされ、前回の試行の記憶が薄れかけたころになってやっと次の試行が許可されるのである。もし、自由に試行錯誤させるとみんなさっさと運転が上達してしまい、教官の仕事がなくなることを恐れているかのようであった。
こんな横暴がまかり通ることを不思議に思われるかも知れないが、背後には役所の許認可がある。自動車教習所が免許試験場の実技試験を代行するには公安委員会の認可が必要だが、ひとたびこれを得てしまえば、その教習所の教官は強大な権力を持つ事になるのである。なぜなら、彼が判を押さないと実技過程はひとつも進まない。実技過程が進まないと検定を受けられない。検定を受けられないと免許はもらえないという訳だ。そんな教習所には行きたくないと言っても、公認の教習所の数は限られていて、自宅から通えるという条件を加味すると選択の幅は限られてしまうのである。役所の許認可が新規参入や自由な競争を阻害して、非効率と高コストと関係者の横暴を生んでいる典型的な例と言えるだろう。
(とはいえ、関係者の横暴はつまるところ個人の品性の問題である。このような理不尽な構造がありながら、分かりやすく、親切で、大好きな教官がいたことも事実である。願わくば、皆さんがいい教官にあたりますように。)
今思い返して思うに、自動車教習所で教える操作は細か過ぎ、かつ完璧主義に過ぎると思う。車庫入れや縦列駐車など、無理をせずに数回のきりかえし後にできればいいようなことを一度の操作で完璧にやらせようとするから、勢い「2本目のポールが車の後ろの窓枠のところに来たら、思いっきり左にハンドルを切る。」というような応用のきかないやり方になってしまう。エンストを嫌うのも行きすぎだ。大抵の場合、エンジンが止まったら単にかけ直せばいいのである。教習所で教えるポンピングブレーキに至っては、細かすぎる以上にとても危険な操作であると思う。こんな妙な癖をつけて、緊急の場合にちゃんとブレーキが踏めるのだろうか。もっとも公道でポンピングブレーキなど見たことはないから、誰も真に受けてはいないのかも知れないが。
[解説]
教習所で教えるポンピングブレーキとは、ブレーキを踏む前に、数回軽くブレーキペダルを踏んでブレーキランプを点滅させ、後続車にブレーキを踏む意図を知らせるやりかたを指す。(これは本来の意味とは異なっている)本来のポンピングブレーキは、極限までブレーキを踏んだ時にタイヤがロックしてしまうのを防ぐため、一旦ブレーキを緩めてグリップを取り戻した後、再びブレーキを踏み直すことで、制動距離を最小にするテクニックである。こちらのポンピングブレーキは、最近では、ABSという車の機能に置き換わりつつある。
とにかく、車の運転を必要以上に難しくするのはやめて、もっと安全を重視したシンプルなものにして欲しいものだ。私はなかなか仮免の検定までたどり着けず、「このまま永久に自動車教習所通いをするのだろうか、そんなことになったらみんなのいい笑いものになるだろう」と途方にくれていたものであった。
最近知ったことだが、米国の仮免許は一日で取れるそうである。10ドルほどの手数料を払って、視力検査と筆記試験を受ければ、その日のうちに仮免許が交付される。筆記試験は不合格でも同じ日にもう一回受け直すことができる。もちろん仮免許取得後は、免許を持った人にとなりに乗ってもらって勝手に練習することができる。本当に羨ましい話だ。生まれた国を間違えたとしか言いようがない。
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