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=> ホーム > コンピュータ伝説 >賢者のレストラン [English] 昔あるところに賢者の夫婦が住んでいた。 二人は小さなレストランの経営を企てたが、志半ばにして計画が頓挫してしまった。 レストランの建物がほぼ完成に近付いた頃、折からの大規模な山火事によって 木材の値段が急騰し、貧しい夫婦には十分な量の床板が確保出来なかったのである。 床板のないレストランに客は呼べない。客が呼べないと収入はない。収入がないと なおさら高価な床板は買えないというわけで、増えるは借金ばかりであった。 1. 奇妙な仕掛けある日、神が見かねて賢者の夫婦に声をかけられた。「ずいぶんとお困りのようだが、ひとつだけ願い事をかなえてやろう。」 夫婦は願ってもないことと喜びあったが、願い事の内容を検討したいので 一晩待ってくださいと言った。神は分かったと言い残して去っていった。 次の日、再び神が夫婦のもとに現れたとき、夫婦が要求したのは レストランに取り付けるための、ある一つの仕掛けであった。 その仕掛けはとても奇妙なもので、聞く限りにおいてはとてもレストランの 経営に役立つとは思えないものだった。 神は彼らが床板がなくて困っていることを 知っていたから、それを聞いて驚き、 「本当にそれでいいのか?要求は一つしか受け入れられないのだぞ。」 と念を押したほどであった。 ところが、その日を境に彼らのレストランは繁盛していったのである。 しかも、不思議なことに、床板が搬入されるのを見た者は誰もいないという。 床板のないレストランに一体どうやって客を入れることができたのだろうか。 レストランを訪れたある男によると、レストランの床は真っ黒く 塗られており、床板があるのかないのか、ちょっと見ただけでは 分からなかったそうである。 彼を含め、何人かの客から聞き取ったところを総合すると、客と夫婦のやりとりは おおよそ次のようなものである。 客は黒い床を見て一瞬とまどうが、賢者の夫婦に笑顔で「どうしたのですか? さあどうぞ。」と言われて、ようやく歩き出す。しばらく進むと、どう見ても 床板がなさそうな場所に出くわし、足をすくませる。 客は「床板がないのではないか?」と訴えるが、賢者の夫婦はそれを聞いて吹き出し、 「何をご冗談を。そんなところにお客様をお入れするはずないじゃありませんか。」 と言って笑う。客はそれもそうだと思い直し、おそるおそる足を踏み出す。 踏み出してみると確かに床板はある。 そのうち不安はなくなり、客は自由にレストラン内を歩き回るようになる。 2. 仕掛けの使い方さて、賢者の夫婦が要求した仕掛けは次のようなものであった。客が床板のないところに踏み入って転びそうになったら、レストラン内の時間を 停止させると共に、調理場へ知らせる仕掛け。実際のところ、床は穴だらけであるから、客は遅かれ早かれ床板のないところに 足を踏み出す。そして実際、床板を踏み外すのだが、 例の仕掛けによって時間が止まると共に、調理場にいる賢者の夫婦のところに 知らせが入るのである。 夫婦がかけつけると客はマネキン人形のように足を踏み外して転びそうになった 状態でとまっている。 ここで賢者の夫婦は次のような作業をする。 まず夫が客の足を床面よりわずか上まで持ち上げる。 次に妻が人があまりいない場所から床板を外してきて客の足の下にはめ込む。 最後に、二人のどちらかが客の背中をそっと押すと、再び時間が動き始め、 客は床板の上に安全な一歩を踏み出す。 すべての細工は時間が止まっている間に行われるから、客にはすべての床板が 敷き詰められているように見えるのである。 ところで、客が歩く度にこんな大変な作業をするのでは料理をする暇があるまいと 思われるかも知れないが、実際には客の歩くコースは決まりきっていて、 初めのうちに何度か踏み外した後は、そう何度も踏み外しはしないものなのであった。 商売は繁盛し、得られたお金で夫婦は本物の床板を少しずつ購入して いったとのことである。 3. 現代に生きる賢者の知恵賢者の夫婦の知恵は現代のコンピュータシステムに生かされている。 現代のほとんどのコンピュータには、賢者のレストランと同じような仕掛けが 実装されていて、賢者の夫婦が行っていた作業を「カーネル」と 呼ばれるソフトウエアが担当している。 違うのは床板の代わりにメモリを扱うという点だけだ。コンピュータがプログラムを実行するためにはメモリが必要であるが、 とても高価なものなので、普通はごく少量のメモリしか搭載していない。 にもかかわらず、この仕掛けを使うことで、プログラムはあたかもその数十倍、 数百倍といった広大なメモリ領域があるかのように振舞うことができるのである。 そのメリットは、メモリが節約できるというだけにはとどまらない。 プログラム中で少ないメモリをやりくりする必要がなくなったために、 プログラム作成が飛躍的に容易になり、人間の知性をより高度な方面に向ける ことができるようになったのである。それはあたかも賢者のレストランで、 客が床板のことを気にすることなく、おいしい食事や外の美しい景色を楽しむ ことができたのと同じである。 ところで、賢者の夫婦はなぜ床板そのものを要求しなかったのだろうか。 それは、夫婦が特別に床板を与えられるということは、この世の誰かが床板を 奪われることになるからであった。 夫婦はそれを望まなかったので、床板そのものを要求することは しなかったのである。 賢者の夫婦は、みんなが欲しがる資源はいつの時代も高価であることを 知っていた。 さらに、最も価値あるものは知恵と労働であり、それらをうまく用いる ことによって、少ない資源を有効に活用できることも知っていた。 彼らが真の賢者であったがゆえに、その知恵は時代を超えて通用しているのだ。 [1996]
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